パウロでは音楽教育も(当時)盛んで、ギターは1年の時に必修だったし、合唱では男ばかり150人ほどが4部に分かれて大きな声で歌ったのは相当迫力があった。
(なぜそんなにちゃんと大声で歌ったかというと、そうしないといつまでも終わらないので、どうせなら早く終えたいという気持ちもあったと思う。もちろん、「やる時はちゃんとやる」連中でもあったが)
歌うのは入学式や卒業式、パーティーなどで、だった。
「緑のそよ風」という曲は、どんなに記憶が薄れちゃった校友でも、飲み会の締めに「やろうよ!」と歌い始めると憶えていて自分のパートを歌えるから不思議だ(この曲については項を改めて書きます)。
さて最も良く歌うのは当然校歌だ。
僕が今気になってるのは、3番まである歌詞の1番。
♪ああ聖パウロ わが学園よ
ここ
一ツ木の丘に集い
ーー
これは、多くの人(生徒)も、「あー、1本、杉の木でも立ってる時の話かな?」と思うかもしれないが。
もともとこの高校は昭和24年にパウロ会によって修道士の機関として、そして26年に一般男子校として、
港区赤坂一ツ木町に創立されました。
一ツ木町36、って今はGoogle Mapでも出てきませんが、当時よく言われたのは「元のTBSの裏」だということで、勝手な想像ですが、「今のTBS」というかサカスとか劇場のあるあたり、「丘」になってますよね。
(今は町名も赤坂になっており、「一ツ木通り」だけに地名が残っている)
ここに校地3,000坪があったと。そしてやはりもっと自然があって静かな環境が良かろうと、そこを売って八王子市下恩方町に土地を購入したら26万㎡になり、敷地をずんずん上ってゆくと、そのまま陣馬山とか八王子城址に着いちゃうと。
そういうことです。
で、歌詞的に思うんですが、移転してだいぶ経ちますし、ここは「ここ、恩方の丘」とか「ここ、陣馬の丘」、なんならバス停もうちょい行って、「ここ、夕焼け小焼けの丘」とかに改めたら良いかなー、なんて。
以上、蘊蓄とたわごとでした。