2年前に同じここで撮った時にはまだ、上智の新校舎ビルが建築中だったけれど、きれいに建ち並んでいました。
友人だったキンカマの眠る墓がこの近くなのですが、暮れかかる時刻の墓参はやめにして、年明けにでも来るとしましょう。
さて、Xmasとイースター(ご復活)しか教会に行かないような人は「お祭り信者」と言われるのですが、行かないよりはましだと思っております。
年に1度しか履かないのに二足も持っているクリスマスソックス、出番の日でございます。ついでに、まわりであまり履いているのを見ないレザーパンツなんかも調子に乗って履いてみます、そうです、救い主がお生まれになったお祝いの日でございますので┼
四年間通った(「学んだ」とはあまり言えない)大学の隣にあるこの教会には、思い出もたくさん詰まっています(正確には、建て替えられる前の昔の教会に、ですが)。
入学式のミサには仙台から祖母も列席いただきまして。(なんたって、上智に受かった瞬間、まだ試験が残っている早稲田に落ちますようにと叔母と二人してお祈りしてたという、そういう祈り方で良いのかとか、どれだけ効くお祈りなんだよって感じでしたので、入学式に来ないでくださいなんて、とても言えません…)
(まあ、この祖母のおかげで、幼児洗礼〜クリストロア幼稚園〜聖パウロ学園〜上智大学という、外資系じゃなかった、信者なら羨むほどのカトリックのエリートコース(なのか?!)を歩むこととなりました。)
建て直す前の教会の方が、収容人数が多かった気もします。そして昔は、広場みたいにあった敷地に、次のミサにあずかる人たちが長蛇の列を作ってる状態でした。
昔の方が、(人数が多かったからというせいもありましょうが)参加者は大きな声で聖歌を歌っていたと思います。素晴らしい合唱でした。
(僕は、八王子の山の中のパウロの聖堂(コンクリ打ちっぱなしの造り)で、シスターは十数名で、あとは修道士(男)30名くらいと、向かい側の僕ら高校から30名くらいで聖歌歌うと、野太い声で高音低音ハモリ付きで響き渡るという、それはそれは素晴らしい聖歌・合唱がスタンダードなので、奥様おばさまメインの高くてか細いコーラスは、ちょっと物足りないんです…素)
(それにしても、なぜああ、聖歌のメロディをいじくって変えるんでしょうかねぇ…飽きるとかいう問題じゃ無いと思うんですよ、昔の方がシンプルで心に響いて良いメロディ、そして何より歌いやすかったと思うのですが…)
(お祈りしかりで、がんばって妙に口語体に近づけたのは25年くらい前のことでしょうか。きわめて半端な気がいたします…私は今でも昔のお祈りを唱えております…)
外に出ると、上智の7号館でしたっけ、┼マークに灯りを点けてくれています。
恩師、松岡先生の葬儀で初めてこの新しい教会に来たんだっけ… いこちゃんはごミサ来ていたでしょうか? あかねちゃんも地元の教会に行ったでしょうか? 従姉のはるみちゃんは仙台のシスターとして何回もごミサを運営する側でしたでしょうか? 母は父の運転するピックアップトラックで教会行ったようです笑
クリスマスのお恵みがみなさんにありますように┼